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名所、旧跡 の一覧 該当 12 件中 1 - 10 件目

NPO法人 大丸有エリアマネジメント協会

地域の再開発協議会が母体となり、地区に係わりのある企業・団体やワーカー、学識者、弁護士等が集まって組成。
大丸有エリアマネジメント協会は、大手町・丸の内・有楽町地区(=大丸有)を中心とする都心エリアで、街をより一層活性化させ、人々の多様な参加・交流の機会を創っていこうというNPO法人です。 東京都千代田区大手町 1-6-1 大手町ビル e-mail : info-omy@vesta.dti.ne.jp Tel: 03-3287-5386------Fax: 03-3287-5840
http://www.ligare.jp/  東京  

稲毛浅間神社

当神社は、安産子育てのご神徳があらたかなことで知られ、広く崇められています。
境内の老松は、千葉市指定天然記念物として千葉市の名所の一つであり、隣接の稲毛公園とともに、海岸の面影を残し風光明媚な景観を呈しています。 千葉県千葉市稲毛区稲毛1丁目15番10号 TEL043-272-0001
http://www.inage-sengenjinja.or.jp/  稲毛海岸   地図

明治丸(東京海洋大学内)

国の重要文化財として復元
東京海洋大学越中島キャンパスに保存されている帆付汽船(重要文化財指定)。 明治丸は明治7年(1874)にイギリスで灯台巡視船として建造された。明治天皇が東北巡幸の際に乗船している。また琉球王国、最後の国王・尚泰が「琉球処分」の際、明治丸に乗船し上京した。明治29年からは商船学校に譲渡され係留練習帆船として使用された。明治天皇が明治丸を使っての東北巡幸の際7月 20日に帰着されたのことから7月20日が「海の日」となっている。
http://www.e.kaiyodai.ac.jp/facilities/meiji/histoy.htm  越中島   地図

富岡八幡宮

江戸三大祭りの1つ「深川八幡まつり」の中心となるの神社
相撲発祥の地でもあり、境内には「横綱力士碑」があります。他にも「深川の力持碑」「木場の角乗り碑」などの石碑もあります。 JR京葉線「 越中島 」駅  徒歩15分 江東区富岡1-20-3 電話番号 3642-1315
http://www.tomiokahachimangu.or.jp/  越中島   地図

皇居外苑

皇居外苑は、昭和24年に旧皇室苑地の一部が、国民公園として、開放されたものです。
皇居外苑地区は、黒松の点在する大芝生広場と江戸城のたたずまいを残す濠、城門などの歴史的建造物とが調和し、我が国を代表する代表的な公園として親しまれています。
http://www.keiyousen.com/blog/2006/05/post_20.php  東京   地図

深川不動堂

大本山成田山新勝寺 東京別院 真言宗智山派 関東三十六不動霊場 第二十番札所)
江戸時代、中でも元禄年間は江戸市民を中心として不動尊信仰が急激に広まっていった。この背景には、経済・商業の中心地としての江戸、またそれを支える町人の経済力の飛躍的な増大が大きな原動力になっていた。  このような元禄の町人文化が華々しく開花した時期に、成田山新勝寺は信徒数も増え、また寺格も格式の高い本山へと大きく発展していく。  同じ時期江戸町人を中心に成田山のご本尊、不動明王を江戸で参拝したい、という気運が高まって、ついに1703年(元禄16年)4月にはじめて江戸でのご本尊の出張開帳(江戸出開帳)が行なわれた。当時は犬公方と知られる五代将軍綱吉の世で、その母桂昌院が成田山の不動明王を江戸で参拝したいと言い出して、それが実現したという説もある。
http://www.fukagawafudou.gr.jp/  越中島   地図

横綱力士碑

明治33年、第12代横綱陣幕久五郎を発起人に歴代横綱を顕彰する碑が建立
大きさは高さ3.5メートル、幅3メートル、重量は20トンに及び、横綱を顕彰するにふさわしい堂々たる石碑です。 東京都江東区富岡 1-20-3 富岡八幡宮内 京葉線越中島駅より10分
http://www.tomiokahachimangu.or.jp/htmls/sumou.html  越中島  

大関力士碑

富岡八幡宮の表参道大鳥居をくぐってすぐ右手には、 歴代大関を顕彰するために建立
明治の頃に、9代目市川団十郎と5代目尾上菊五郎により寄進されていた2基の仙台石を活用し、初代大関雪見山から最近では小錦関、霧島関まで、104人の歴代大関の四股名が彫り込まれています。 東京都江東区富岡 1-20-3 富岡八幡宮内 京葉線越中島駅より10分
http://www.tomiokahachimangu.or.jp/htmls/ozeki.html  越中島  

霊巌島の碑

霊巌島の碑 碑文
当地区は、今から三百七、八十年前、江戸の城下町が開拓される頃は、一面の沼地葭原であった。  寛永元年(一六二四)に、雄誉霊巌上人が霊巌寺を創建して、土地開発の第一歩を踏みだし、同十一年(一六三五)には、寺地の南方に、越前福井の藩主松平忠昌が、二万七千余坪におよぶ浜屋敷を拝領した。  邸の北、西、南三面に船入堀が掘られて後に越前堀の地名の起る原因となった。 所在地 中央区新川1−12 越前堀児童公園 アクセス JR京葉線 八丁堀駅
http://homepage.mac.com/monja/central/94.html  八丁堀  

堀部安兵衛武庸之碑

赤穂義士・堀部安兵衛武庸(1671年〜1703年)は当時の水谷町(現在の八丁堀一丁目)に居住し、赤鞘安兵衛と称し、剣道の達人として知られていま した。 所在地 中央区八丁堀1−14 アクセス JR京葉線八丁堀駅
http://www.chuo-kanko.or.jp/guide/spot/kabutocho/kabutocho_11.html  八丁堀  


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